透過型回折格子を使ったスペクトロメータの利点

    はじめに

過去15年の間に、コンパクトで低コストなスペクトロメータは、医学的なヘモグロビン内容分析や繊維製品の正確な色決定、大規模な半導体製造工場のLEDの分類などのアプリケーションによって、数億ドルに及ぶ市場規模に成長しました。

大多数のこれらの小型スペクトロメータは、リニアディテクタアレイと組み合わせる分散素子として反射型回折格子を使った、クロス・チェルニ-ターナ構成をベースにしています。この構成は、製品がコンパクトにできるということと、折り重ね光路や反射型回折格子は比較的安価に大量生産できるという理由で、現在主流となっています。

このホワイトペーパでは、現在主流の反射型回折格子の代替案となる透過型回折格子を使った2種類のコンパクトなスペクトロメータの構成を紹介し、その利点を解説します:

  • ディテクタ面へ容易にアクセスできることで、OEMインテグレータに大きな柔軟性を提供することができるスペクトロメータデザイン。

  • より高い感度やより短い積算時間(露光時間),より早いスペクトル走査、そして光源の低消費電力化を可能にする高いスループット

公平に見て、高品質な透過型回折格子は従来製造コストが高く、そのことが透過型回折格子をコンパクトなスペクトロメータに採用しない主な理由のうちの1つになっていました。しかしなから、例えばIbsen Photonics社は、近年の製造技術の進歩によって、大量生産時のホログラフィック・フューズドシリカ回折格子について、反射型回折格子と同等の販売価格を先んじて実現しています。

 魅力的な利点を競争力のある価格と組み合わせることは、透過型回折格子ベースのコンパクトなスペクトロメータに対する関心を取り戻すことにつながります。


    スペクトロメータの構成

どんなスペクトロメータでも、3つの基本的光学部品で構成されています:

  1. 入力段で平行光をつくる光学エレメント

  2. 回折格子

  3. ディテクタアレイの異なるピクセルへスペクトルの異なる波長を焦点させるための光学エレメント

 クロス・チェルニ-ターナ(CCT)と透過型回折格子を用いたスペクトロメータ(TGS)の両方とも、これら3つのエレメントで構成されています。

 TGSに関して、わずかに異なる特徴を持っている2つの基本的なデザイン-2つのレンズと回折格子を用いたLens-Grating-Lens(LGL)と、2つのミラーと回折格子を用たMirror-Grating-Mirror(MGM)-を考察してみましょう


図1は、CCTLGLMGMレイアウトのスペクトロメータの模式的な光経路を示しています。

a) クロス・チェルニ-ターナ b) レンズ-グレーティング-レンズ c) ミラー- グレーティング-ミラー

 図1 スペクトロメータの構成 


    スペクトロメータを選ぶ際のキーワード

  反射型回折格子を用いたスペクトロメータと、透過型回折格子を用いたスペクトロメータの比較に進む前に、重要なデザインの考察にふれておきましょう。

  スペクトロメータ(またはその光学部分)を規定する場合に考える主要なパラメータは:

        ・ 波長範囲

        ・ 分解能

        ・ SN比と迷光レベル

        ・ ダイナミックレンジ

        ・ 線形性

        ・ スペクトロメータへの入力パワー

         スペクトロメータの物理的なサイズ

  となるでしょう。

一般的には、スペクトロメータは全てのパラメータに最適化されているわけでないので、同じアプリケーションのために設計されているスペクトロメータだけを比較することが重要です。

例えば、良好な分解能とハイパワーカップリング(Etendue=エテンデュ)が相対するデザイン基準である理由を考えてみましょう。エテンデュは、どれくらいの光がスペクトロメータに結合することができるかの基準であり、〔入力スリットの面積〕×〔開口数の2乗〕によって与えられます。

  分解能は、入力が単色性の光源である場合、スペクトロメータが測るピークの半値全幅(FWHM)と定義されます。スペクトロメータが獲得し得る最小の分解能は、スペクトロメータの入口にある単色点光源がディテクタ上に結像するスポット・サイズに相当します。この最小のスポット・サイズはディテクタによって得られる回折制限スポットサイズによって理論的に決定されます。しかしながら、大部分のコンパクトスペクトロメータにおいて、最小のスポット・サイズはスペクトロメータ内部の光学系(レンズやミラー、そして回折格子等です)の収差によって決まります。そしてできる限り高い分解能を得るために、スペクトロメータはできる限り収差を減らすべくオン・アクシスに近い光経路で設計されています。これは、スペクトロメータの開口部の角度(開口数)が非常に小さく、入力ビームは狭いスリットを通り抜けなければならないことを意味しています。低い開口数と狭いスリットは、図2で表されるように、スペクトロメータへ入力される光量が制限されるだろうことを意味します。

a) Highest Etendue : High NA, Wide entrance slit 


b) Medium Etendue : High NA, Narrow entrance slit 


c) Low Etendue : Low NA, Narrow entrance slit


図2:スペクトロメータの開口数,入射スリット幅,分解能の関係。

以下に、我々は我々がリンゴをリンゴと比較していると確かめるために、同じエテンデュのスペクトロメータ同士を比較してみます(開口数=0.11で微小スリット幅)。


    スペクトロメータの構成の比較

表1は、分解能,スループット、そして、3つのスペクトロメータプラットホームに対するディテクタの柔軟性に関して、全般的な特徴を大雑把に比較しています。表は、ROCK VISシリーズのような現実化されたIbsenPhotonics社製スペクトロメータからのデータのほかにも、たとえばOcean Optics社のUSB4000Avantes社のAvaspec2048等のスペクトロメータのデータを使って作成されています。ご覧のようにこれら3つのプラットホームは、カバーする波長範囲に対して同じ分解能を提供します。これは、光学部品に比べてビームのサイズは全てのコンパクトスペクトロメータにおいてだいたい同じであり、それゆえに収差(最小の分解能が決まる)もまただいたい同じという事実を反映しています。

表1:2つの透過回折格子ベースのスペクトロメータ構成とチェルニ-ターナとの比較

表1は、次のセクションでさらに説明されるだろうように、LGLMGMプラットホームが最も高スループットになることを明確に示しています。

LGLMGMプラットホームを選ぶ場合、多くは次のような考察に依存します。サンプル(高エテンデュ)からのハイパワー入力が高い分解能より重要であるならば、高NAのスペクトロメータを考えるべきです。これには、光学系とビーム・サイズを、ビームがオーバーラップするリスクなしで簡単に拡張することができるLGLデザインが最適です。一方、超高分解能が必要で、ハイパワーが入力できることがあまり重要でないような場合は、ミラーはレンズより安価な傾向があるので、MGMは最高の選択肢であることがわかるでしょう。決定的に、紫外領域では、UVグレード・ガラスがミラーより高価ですので、MGMプラットホームがLGLと比べて適しているかもしれません。

光スループット

透過回折格子を用いたスペクトロメータの一番の利点は、透過型回折格子が通常、反射型回折格子より高回折効率であるという事実のために、より高スループットであるということです。図3は、可視領域(400~800 nm)に使われる市販の回折格子とIbsen Photonics社製透過型回折格子の比較を示しています。

ご覧のように、ホログラフィック技術で製造されたシリカ製透過回折格子は反射型回折格子に比べて全波長領域にわたって50~100%の絶対スループットを提供します。この差異には、いくつかの要因があります。

図3:反射型回折格子と透過型回折格子の回折効率

 反射型回折格子は、90%よりも低い反射率の金属コーティングでおおわれています。逆に、透過型回折格子は、一般的に純粋なフューズドシリカ基板に直接エッチングされており、回折格子の反対側の表面にARコーティングが施されています。ですから、金属コーティングもなく、ARコーティングが98%以上の光を透過する透過型回折格子の本来の透過率は、ほぼ100%です。

 さらに、透過型回折格子は、反射型回折格子より設計パラメータを含んでいます。図4a)で示されるように、透過型回折格子の格子形状はデューティ・サイクルとエッチング深さで最適化することができます。それゆえに、透過型回折格子は、幅広い波長範囲にわたって高効率に最適化されることができます。それに対して、反射型ブレーズド回折格子は1つのデザイン・パラメータだけを持っています-それはブレーズ角で、図4b)で示されます。回折格子の格子形状はブレーズ角とライン密度によって決められますので、図4b)で示されるように、どんなブレーズド回折格子でもほとんど同じ回折効率を持っているでしょう。最大効率は、ブレーズ波長(回折格子が最適化された波長)で自然に最適化されますが、効率は短波長側端部で特に急速に低下します。

図4.a) 透過型回折格子とb) ブレーズド反射型回折格子のジオメトリと代表的な波長依存性1次回折効率

ディテクタサイズへの適合性

図1の3つのスペクトロメータプラットホームの概略図面から、ディテクタが他の光学部品やビーム経路からうまく分離されるので、折り畳まれてないLGLプラットホームの方がディテクタを取り替えることに関して高い柔軟性を提供するであろうことがお分かりいただけるでしょう。これは、実は同様に、例えばCCTMGMよりLGLプラットホームに合わせる方がより容易である光学フィルタやアパーチャのような部品にも当てはまります。

温度に対する安定性

TGSプラットホームは、純粋なフューズドシリカ製の透過型回折格子を使って、非常に広い温度範囲で使うことができます。さらに、フューズドシリカは非常に低い熱膨張係数を持っていますので、そのような回折格子に基づくスペクトロメータの温度に対する安定性はとても良好です。


    アプリケーション例

 透過型回折格子ベースのスペクトロメータが重要な利益をもたらすいくつかのアプリケーション例をご紹介します。これらはほんの一例です。具体的なアプリケーションエリアでより多くの事例を見つけることができるでしょう。

ポータブルスペクトロメータのバッテリー駆動時間の向上

ハンドヘルドの、バッテリ駆動スペクトロメータは、布地の高速色調検査や製薬会社での化学薬品の識別,ラマン分光を使っている警備産業等のいろいろなアプリケーションに対して非常に一般的になってきています。当然、そのようなデバイスの主要なパラメータのうちの1つは、電力消費によって決められるバッテリ寿命です。0.22のNAと融合シリカ透過型回折格子のLGLシステムを実装することによって、市場に出ている従来のCCTスペクトロメータと比べて4倍高いスループットを容易に達成します(Ibsen Photonics社製ROCK VIS RSV-300Ocean Optics社製USB2000の直接のデータ比較による)。この向上した感度によって、システムの光源の電力消費を低くすることができるでしょう。

生産ラインでの分光計測による生産性の向上

多くの産業は、製品製造の際に品質や工程の制御のためにスペクトロメータを使っています。例えば、個々のLEDのスペクトル放射特性に関して、ウエハー・レベルでテストするLED産業です。どんなメーカでも、可能な限り速くそのような工程を完了させたいと考えています。スペクトロメータにとって、これはディテクタアレイのできるだけ短い積算時間(露光時間)での運転を意味します。1マイクロ秒程度の積算時間(露光時間)で動作するディテクタアレイも存在しますが、ほとんどの場合何を測るにしてもノイズ以外ディテクタはそのような短時間では十分な光量を収集できないでしょう。しかしながら、高スループット透過型回折格子を使っている高NAのスペクトロメータならば、積算時間(露光時間)を従来のスペクトロメータと比べて1/101/20に簡単に短くすることができます。


    まとめ

このホワイトペーパでは、2つの一般的な透過型回折格子ベースのコンパクトなスペクトロメータの構成を考察しました。そして、そのようなスペクトロメータが従来の反射型回折格子ベースのスペクトロメータとは異なった特徴/利点をもつことを説明しました。一般的に、以下の必要条件の一つ以上が重要である分光アプリケーションや分光応用機器には、透過型回折格子を使ったスペクトロメータ(TGS)の採用を検討すべきです。


・ 微弱光

・ 短い積算時間(露光時間)/高速スペクトルスキャン

・ OEMデザインのためのディテクタへのアクセス。

・ 高い温度安定性


最近の回折格子の製造技術の発展により、透過型回折格子ベースの小型スペクトロメータの価格と反射型回折格子ベースの小型スペクトロメータの価格は、同レベルになってきています。従って、どのような構成のスペクトロメータを採用するかは、純粋に技術的な要件に基づいてなされるべきでしょう。

  このホワイトペーパが、スペクトロメータを検討する際に、透過型回折格子ベースが最適であるという事実に気づく一助となることを希望します。


Comments